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日々の芥

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渡辺京二 ”神風連とその時代”を読了。
明治初期の不平士族の反乱とひと括りにしていた事件が、明治維新体制に対する思想的な叛乱であり、殉教者であったことを明らかにする。やはり、明治から終戦にいたる時代をより不可解にした。そのような犠牲を強いてまで、進もうとしたその意志はどこにあるのか。

”それは時流に背き、しかも時流こそが勝利者かもしれぬという絶望感に襲われながら生きる者の、やっと時代の否認を完了して死ぬことができるというよろこびが躍り出させた一歩でもあったに違いない。時代にそむいて生き続けるのには超人的な意志が必要とされるゆえに、彼らはほっと肩の荷をおろしたのである。”

部分的な引用は本意ではないが、判官びいきではなく、私が叛乱者に魅かれる感情はどこから来るのか。

神風連とその時代 神風連とその時代
渡辺 京二 (2006/06)
洋泉社

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